COLUMN

コラム

「中小M&Aガイドライン」を読んで(中小企業庁 令和2年3月公表)

2020.06.29コラム

中小企業庁が「中小M&Aガイドライン ―第三者への円滑な事業引継ぎに向けて―」を公表

中小企業庁が令和2年3月に「中小M&Aガイドライン ―第三者への円滑な事業引継ぎに向けて―(*1)」を公表しました。これは平成27年3月に中小企業庁が公表した「事業引継ぎガイドライン~M&A等を活用した事業承継の手続き~(*2)」からの全面改訂版で、「第1章 後継者不在の中小企業向けの手引き」と「第2章 支援機関向けの基本事項」の2章建てで構成されています。
本ガイドラインは法的な強制力のないものではありますが、中小M&Aの在り方をまとめた上で支援機関の行動指針まで踏み込んだ記載がなされている点に鑑みると、仮に支援機関とクライアントとの間で紛争等に発展した場合には、裁判所が本ガイドラインの内容を基礎として判断する可能性もあると思われます。そのため中小M&Aに関わる当事者にとっては大変意義のあるガイドラインとなっています。

総論:「中小M&Aガイドライン ―第三者への円滑な事業引継ぎに向けて―」

 まず全体の感想としては、前回の平成27年3月公表の「事業引継ぎガイドライン~M&A等を活用した事業承継の手続き~」と比較すると、意義の明確化や支援機関の特色や基本姿勢・行動指針にまで踏み込んだ記載となっており、中小企業及びM&A支援会社にとって参考となるガイドラインに改訂されたと感じています。
以下、章ごとに重要な部分を引用しながら、その内容と意義をお伝えします。

M&Aにより会社を売却(親族外事業承継)することは「むしろ誇らしい」旨を記載

第1章では、M&Aによって会社を売却することについて、「後ろめたい」と感じているだろう経営者に対して、社外の第三者である譲り受け側が評価して認めることで初めて実現されることなので「むしろ誇らしい」ことであると記載し、積極的に中小M&Aを検討することが望ましいとしています。この数年間で事業承継型M&Aが一般的になってきたとはいえ、やはり自分が丹精こめて経営し成長させてきた会社やそこで働く従業員をM&Aによって外部に承継することについて「後ろめたい」と感じている経営者はまだまだ多いと思います。そのような中、中小企業庁が本ガイドライン中小M&Aに関する基本的な認識の変化(第1章Ⅰ-3-(1))の項目の中でこのような記載をすることでM&Aを前向きに決断することができる経営者も今後増えることでしょう。

仲介者の利益相反リスクを明記し、注意喚起

第2章では支援機関の基本姿勢や行動指針、各支援機関の特色についての記載がなされています。特に各支援機関の特色の中で、仲介会社とFA会社(アドバイザー型)の立場の違いを明確にした上で仲介会社の利益相反性について仲介者における利益相反のリスクと現実的な対応策(第2章Ⅱ-4)という項目を設けて注意喚起をしています。
この中には以下のような記載があります。

例えば、譲り渡し側が譲り受け側に会社の事業を譲り渡す場合(事業譲渡)、譲り渡し側にとってはその代金(譲渡対価)が高い方が望ましい一方、譲り受け側にとっては譲渡対価が安い方が望ましく、構造的に譲り渡し側・譲り受け側の両者間において利益相反の状況が存在するといわれる。そのような状況において、仲介者が片方当事者(特にリピーターになり得る譲り受け側)の利益を優先して取引をまとめるように動く動機があるという構造的な問題が指摘されている
引用元:中小M&Aガイドライン ―第三者への円滑な事業引継ぎに向けて― 第2章Ⅱ-4

これは私がかねてから指摘している仲介の問題点であり、この記載が本ガイドラインに盛り込まれた点は非常に重要だと考えています。M&Aを利益相反構造のある仲介で行うことを許容しているのはグローバルでみても日本だけと言われていますが、一方で仲介によるM&Aが一定程度浸透してしまったので即座に規制をかけることは(現時点では)現実的ではないことも理解できます。しかし少なくとも仲介構造をクリアにした上で注意喚起をした点は意義があると思われます。

M&A業界の問題として、業法、資格等が無い点にも言及

 また第2章ではM&A業界の問題として以下の指摘もしています。

士業等専門家については法令において資格要件、業務内容、善管注意義務や刑罰等が明確にされている(各専門家団体における懲戒処分等による制裁も存在する。)ものの、M&A専門業者については、許可制・免許制等は採用されておらず、業界全体における一般的な法規制も存在していない(例えば、不動産取引においては、宅地建物取引業法の規制が存在するが、M&A専門業者についてこのような法規制は存在していない。)また中小M&Aを支援する際には、マッチング能力や交渉に係る調整ノウハウ、更に、財務・税務・法務といった分野の専門知識が不可欠となるケースが多くあるが、支援経験や知見の乏しいM&A専門業者等の場合には、適切に業務を進められないおそれがあるといえる
引用元:中小M&Aガイドライン ―第三者への円滑な事業引継ぎに向けて― 第2章Ⅱ-1

この点も私がかねてより強く主張してる点です。特に昨今の潮流として、「営業力さえあればよい」かのような人材採用をする仲介会社が散見されます。
営業力も確かに大事ですが、会社の売買は単なるモノの売り買いではありません。ビジネス重視でマッチングのみに走ってしまうと後々の大きなトラブルにつながります。
そのためにはM&Aのリスクをしっかりと理解した本当の専門家が必要となりますし、少なくとも最低限の専門知識のある人間のみがM&Aの支援業務を行うべきだと考えます。

株式価値の算定方法を、一般的な株式価値算定手法に準じて整理

本ガイドラインでは参考資料で、中小M&Aの譲渡額の算定方法についても記載しています。
大きく分けると以下の3つを紹介しております

  1. 簿価純資産法
  2. 時価純資産法
  3. 類似会社比較法

2.時価純資産の「参考」として、仲介会社がよく使う年倍法(時価純資産法又は簿価純資産法に数年分の利益を加算する場合)を記載しています。

前回の平成27年3月公表の「事業引継ぎガイドライン~M&A等を活用した事業承継の手続き~」ではこの年倍法を一般的な評価方法かのように記載していましたが、株式価値算定の考え方には実はこの年倍法といった評価方法はありません。(その点を踏まえたのかはわかりませんが)本ガイドラインでは年倍法を参考とした上で、株式価値算定の考え方にある評価方法を前提とした点は意義があります。

M&A業者の報酬体系の記載はやや控えめか。さらに踏み込んだ記載が必要

一方でM&A業者の報酬体系についてはもう少し踏み込んだ記載があってもよいと感じました。
仲介者・FAの手数料についての考え方の整理の中で、成功報酬の種類として以下の3点を紹介しそれぞれの事例を記載しています。

➀譲渡額をベースとした考え方
譲り渡した(譲り受けた)金額そのものを基準
➁移動総資産をベースとした考え方
主に譲渡額に負債額を加えた、いわゆる「移動総資産額」を基準
➂純資産額をベースとした考え方
資産と負債の差額を基準

報酬はクライアントとM&A業者でよくトラブルになる部分です。特に②の方法だと引き継がれる負債部分にも料率がかかってしまうので、会社を売却した後の株主の手取り金額の大部分が報酬になってしまうことも少なくありません(しかも大手仲介会社がこの報酬体系を取っていると聞きます)。
本ガイドラインでは事例の記載はあるのでしっかりと読みこんでいる経営者は気づくかもしれませんが、全ての経営者が読み込んでいるわけではないということに鑑み、トラブル事例を交えながら注意喚起をする必要があると思われます。

ガイドラインを遵守したM&A会社が増えることでM&A市場はより健全に

事業承継型のM&Aでは仲介会社がまだまだ多く、弊社のようなFA会社(アドバイザー型)は少数です。しかし本ガイドラインに規定しているM&Aの基本姿勢や行動指針を遵守し業界が健全に発展していくためには仲介会社だけではなくFA会社(アドバイザー型)としての支援機関がもっと増えることで、中小企業の経営者に健全な支援機関の選択肢をしっかりと提供する必要があると考えています。このコロナウイルスの影響もあり中小企業のM&Aは今後益々増えていくことが予想されます。本ガイドラインに記載されている基本姿勢や行動指針を遵守しつつ、1人でも多くの中小企業の経営者に感謝されるようなM&Aをサポートしていきたいと考えています。

参考情報

(*1) 中小M&Aガイドライン ―第三者への円滑な事業引継ぎに向けて―
(*2) 事業引継ぎガイドライン~M&A等を活用した事業承継の手続き~

この記事の執筆者

この記事の執筆者
公認会計士 門澤 慎

M&A・事業継承に関するご相談を無料で承ります。
まずはお気軽にお問い合せください。

プルータス・マネジメントアドバイザリー所在地:東京都千代田区霞が関3-2-5 
霞が関ビルディング30階 
大阪オフィス:大阪府大阪市中央区本町4-2-12 
電話番号:03-3502-1223 
© PLUTUS Management Advisory Co., Ltd.