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親族外事業承継におけるM&A業界で指摘される問題についての考え方① ~仲介取引における利益相反問題~

2021.01.27コラム

中小企業のM&Aの増加とともに、M&A専門業者も増加

昨今、事業承継問題の解決の手段の一つとしてM&Aが注目され、その件数も年々増加しています。そしてその件数の増加に伴い、中小企業のM&Aを中心にサポートする業者が(格段に)増加しています。M&Aをサポートする業者には、税理士、会計士、弁護士等の士業や、銀行、証券会社といった金融機関だけでなく、M&A専門業者と呼ばれる、M&A業務に特化した業者がいます。M&A仲介と呼ばれる仲介会社と、フィナンシャルアドバイザーと呼ばれる代理人型のM&A会社です。

双方と契約締結する仲介会社、片方と契約締結するフィナンシャルアドバイザー

仲介会社は文字通り仲介なので、買い手と売り手の双方から報酬を受領し、M&Aをマッチングすることを目的とします。簡単に言うと、不動産仲介の考え方です。一方で、代理人型のフィナンシャルアドバイザーは、売り手または買い手のいずれかとのみ契約してM&Aのアドバイスを行いつつ、M&Aの成約をサポートします。つまり仲介は買い手と売り手の両方と契約をしてお金をもらうこと、代理人型のフィナンシャルアドバイザーは売り手又は買い手のどちらのみと契約をしてお金をもらうことに違いがあります。

仲介型は双方からお金をもらう構造による「利益相反問題」が指摘されている

ここで最近、業界で話題になっている論点として「利益相反問題」というものがあります。仲介会社は買い手と売り手の双方からお金をもらいそれぞれにアドバイスをする。しかしM&Aの交渉は売り手と買い手の条件の交渉であるため、どちらか一方の利益になるようなアドバイスをすることは、もう一方の不利益になるため、利益相反の構造があるだろう、という指摘です。この問題は、2020年3月に中小企業庁から公表された「中小M&Aガイドライン」にも記載のある指摘です。

譲り渡し側が譲り受け側に会社の事業を譲り渡す場合(事業譲渡)、譲り渡し側にとってはその代金(譲渡対価)が高い方が望ましい一方、譲り受け側にとっては譲渡対価が安い方が望ましく、構造的に譲り渡し側・譲り受け側の両者間において利益相反の状況が存在するといわれる。そのような状況において、仲介者が片方当事者(特にリピーターになり得る譲り受け側)の利益を優先して取引をまとめるように動く動機があるという構造的な問題が指摘されている。
引用元:中小企業庁、「中小M&Aガイドライン ―第三者への円滑な事業引継ぎに向けて―」 第2章Ⅱ-4、2020年3月(*1)

また河野大臣が2020年12月に自身の公式ブログで同様の指摘をされた上で、あるセミナーでも重ねて発言されたことで注目されています。衆議院議員 河野太郎公式サイト「中小企業のM&A」(*2)

関連記事

弊社コラム「中小M&Aガイドライン」を読んで(中小企業庁 令和2年3月公表)

ちなみに海外ではM&Aにおける利益相反行為が原則禁止されているため、M&Aアドバイザーが原則、仲介契約を締結することはありません。そのためこの問題(論争)がないと言われています。

仲介取引によるM&Aの大幅な増加によって、「利益相反問題」が注目されることに

それではこの「利益相反問題」ですが、なぜここ最近注目されるようになってきたのでしょうか。それはM&Aおける仲介取引が最近になって大きく増加してきたことが理由として挙げられます。

上場企業のM&Aは原則、代理人型のフィナンシャルアドバイザーと進める

これまでの日本のM&Aは上場会社が中心でした。上場会社のM&Aは、日本でも仲介によって行われることは稀です。それは仲介会社が上述の通り、売り手を買い手の双方から報酬をもらうため、その仲介会社から例えば「株式価値はこんな理由で妥当ですよ」と説明されたとしても、もう一方からも報酬をもらうという契約がある限り、その説明が(実はただ案件をまとめたいだけで)相手の有利になるようなアドバイスをしている疑念が払しょくできないからです。仲介会社のアドバイスを受け入れ、そのアドバイスを前提として意思決定をした後、実はそのM&Aが大失敗でその理由はM&Aプロセスにあったということになれば、取締役の善管注意義務の問題に発展し、株主に訴えられる可能性も出てきます。そのため、上場会社では原則として代理人型のフィナンシャルアドバイザーを起用してM&Aを進めることになります。仮に仲介会社が関与したとしても、別途専門家を起用し株式価値の妥当性やプロセスの妥当性を検証するなどのアドバイスを受けつつ、仲介会社は情報提供業者としての位置付けにするしかないでしょう。

事業承継の中心が親族内から親族外(M&A)へ

一方、中小企業の事業承継M&Aの世界では、仲介取引が多いです。これは大手仲介会社がこのマーケットを切り開いたことが大きな要因の一つだと考えられます。これまで事業承継というと親族内での事業承継が大多数で、仮に親族(特に子供)が会社を継いでくれなかったら(業績的には良くても)廃業を選択せざる得ない会社も多数あったと言われていた中で、これら事業承継問題を抱える中小企業に会社を存続・成長させる可能性をもつM&Aを認知させた貢献は大きいと思います。他方、同時にM&Aを不動産仲介と同様に考え、あたかも「事業承継のM&Aは仲介が当たり前」といった認識を作ってしまいました。これまでは、中小企業は上場と比べるとM&Aも活発ではなく、また株主=経営者の会社が多数なので、外部の監視機能が働きにくくなります。そして海外ではM&Aで仲介はないと上記でも記載しましたが、これらの通常の実務を知る大手の証券会社との付き合いもあまりないので情報も少ないでしょう。そのため、中小企業の世界では「事業承継のM&Aは仲介が当たり前」という考え方に特段の疑念を持つことがなく受け入れられてしまったように考えます。

M&Aの仲介取引における2つの構造的な問題点

M&Aの仲介取引における利益相反取引の問題について、以下の2つの「構造的な問題点」があると考えます。

① 適切な交渉への修正メカニズムが弱いこと
② 買い手または売り手どちらかの一方向の利益(特に買い手の利益)に誘導する誘因の存在

①適切な交渉への修正メカニズムが弱いこと

買い手と売り手の両方から報酬をもらうということは、仲介会社にとっては買い手と売り手の両方が顧客ということになります。お互いの条件が当初よりうまく摺りあっており、特段問題なくプロセスが進んでいけばいいのでしょうが、M&Aは価格の考え方も複雑で、また取引先や従業員も多数いるため、全ての条件が簡単に折り合うのは稀で、大なり小なり双方の利害がぶつかります。
ここで代理人型のフィナンシャルアドバイザー同士での交渉であれば、売り手と買い手それぞれ専属のアドバイザーであるため、それぞれが双方の利害を交渉し、両者が納得する着地点を見つけることになります。しかし仲介会社は売り手買い手双方と契約をしているため買い手と売り手が一社の仲介会社を通してのみM&Aプロセスを進めることになるため、仲介会社自体には交渉という機能はありません。
例えばM&A専門業者が算出した株式価値が不適切な価格で、そしてその価格で交渉が進んだ場合、(当然のことながら)最終的にどちらか一方が大きな損失を被ることになります。ここで代理人型のフィナンシャルアドバイザーは、それぞれにフィナンシャルアドバイザーが就いているため、仮にスタートの交渉価格が不適切であっても、それぞれが専門性を発揮して交渉を進める中で、徐々に双方が納得する価格に収れんされていきます。一方で仲介取引の場合、仲介会社自体には交渉という機能がないため(構造上)適切な価格に収れんさせる機能がなく、また一般的に買い手も売り手もM&Aのスキルに精通しているわけではないので当事者同士による修正機能も十分ではありません。
このように適切なプロセスに収れんされるという修正機能が弱い点が一つめの仲介の「構造的な問題点」です。

②買い手または売り手どちらかの一方向の利益(特に買い手の利益)に誘導する誘因の存在

代理人型のフィナンシャルアドバイザー同士での交渉と比べ、仲介は1社の仲介会社を通してのみ交渉を進めるため、(性悪説的に考えると)仲介のほうが上述の修正機能が弱い分、仲介会社主導で議論を一方向に誘導しやすい状況にあります。
そして売り手か買い手のどちらに誘導しがちかというと、比較的にM&A実務の知識(財務・税務・法務等)の知識を持ち合わせておらず、また売ってしまったらそれまでの顧客である売り手より、何回もM&Aをしている可能性があるためM&A実務の知識の知識を持っており、そしてリピーターになり得る買い手を向いてしまう誘因があるという「構造的な問題」があるという点が二つ目に指摘される点です。この点は上記抜粋の「中小M&Aガイドライン」でも指摘されている点となります。

つまりここで言いたいのは、仲介にはそもそも「構造上の問題」があるということです。この「構造上の問題」が、仲介件数が増加したことにより顕在化してしまったということです。

不動産取引とM&Aの違い

またM&Aは不動産取引と異なり、特に留意すべき以下の点があります。

① 不動産の価値と比較し、会社の価値はわからない(簡単に算定できない)
② 不動産業界には宅建という資格があるのに、M&A業界には資格制度がない

①不動産の価値と比較し、会社の価値はわからない(簡単に算定できない)

例えば皆さんが自宅のマンションや戸建てを売却しようとした場合、いくらぐらいが相場なのかどのように調べるでしょうか。おそらくネットで近隣の取引事例の情報などすぐに取れるでしょうし、固定資産税評価額を使って土地の時価も簡単に計算できます。そのため不動産取引においては、一般的な相場情報をすぐに取得できるため、売り手と買い手で情報の非対称性はあまり生まれません。
一方で会社はどうでしょうか。同じ業種、同じ業歴でも会社によって価値は全く異なります。そしてその算定方法は簡単ではなく、一定程度の専門性を必要とします。そのため売り手(もしくは買い手も)は、M&Aの対象となっている会社の価値をすぐに認識するのは一般的に困難でしょう。
このように会社の価値は不動産の価値に比べ算定することが困難なため、よりリスクが大きいと言えます。そのためM&Aは不動産取引以上に「構造上の問題点」が発生しないように留意する必要があるのです。

➁不動産業界には宅建という資格があるのに、M&A業界には資格制度がない

不動産取引には宅建の資格がありますが、M&A業務は無資格でできます。つまりどんな業界にいた人間でも思い立ったその時点でM&Aアドバイザーを名乗ることができるのです。これは大きな問題だと言えます。
上記で会社の価値算定は難易度が高いと言いましたが、M&Aを推進するには価値算定のスキルだけでなく、財務、法務、税務といった多岐に渡る専門的なスキルが必要となります。この点が「M&Aは専門知識の総合格闘技」と言われる所以です。そのような業務を扱う専門業者に資格要件がないということは、万が一、何の専門性も経験もない業者がM&A専門業者を名乗り業務を行った場合、顧客である売り手や買い手に大きな損害を発生させる可能性が極めて高くなるということです。
また国家試験はすべからく高い倫理性を要求しており、それが悪徳業者を排除する防波堤にもなっています(倫理違反により処分を受けた場合、最悪その業務ができなくなる)。しかしM&Aには資格要件がないため、言い方は悪いですが、何でもありの業界なのです。そのような業界で「構造的な問題」が内在する仲介取引を許容してしまうと、顧客が気がつかないうちに大きなトラブルに巻き込まれる可能性が、より高くなるでしょう。そのため資格要件が存在しないM&Aは不動産取引以上に「構造上の問題点」が発生しないように留意する必要があるのです。

それでは、どうすればいいのか?

このような論拠を展開すると、よく以下の指摘を受けます。

① 中小零細企業のM&Aの場合は、条件以上に経営者の思いが優先されるため、必ずしも利益相反が問題となるわけではない
② 中小零細企業のM&Aの場合は、代理人型のフィナンシャルアドバイザーのコストを吸収できるほどの規模ではないので、仲介を選択せざるを得ない

共通するのは、中小零細企業の場合、という言葉がよく出てくることです。確かに条件は劣後してもいいから従業員のためにも会社を売りたい(会社を残すためには仕方ない)、本当はフィナンシャルアドバイザーに頼みたいけれど案件規模が小さすぎるので受けてくれない(そうはいっても大手仲介会社の最低報酬がとても低いとは言えませんが)、といったお話はよく聞きます。これら問題も非常に深刻で重要な問題ではあります。しかし、だからといって仲介取引の「構造的な問題点」や「不動産取引とM&Aの違い」を留意しなくてもいいことにはなりません。

ここで例えば、顧客に仲介取引の利益相反をしっかりと説明(契約書に小さく書くだけではなく)することや、仲介案件の対象規模を一定の条件のもと(純資産額なのか、売上高なのか、営業利益なのか、それらを併用した基準なのか)特にニーズのある中小零細企業(譲渡価額3億円以下の企業という話をちらほら聞きます)に限定することで、極力これら問題が発生するリスクを軽減することが考えられます。またM&A業界全体の問題として宅建のような国家資格、または少なくも一定の能力と倫理観を担保するものを創設すべきでしょう。

実力主義のM&A業界だからこそ、構造的な問題を極力低減する仕組みづくりが必要

最後に、M&A仲介をやっている方で立派な方は(私の知る限り)、少数ですがいらっしゃいます。高い専門性と倫理観を持ち、買い手と売り手双方のことを考えて案件を進める方です。しかしこのような方は個人もしくは小さな組織でやっている方が大半です。そしてこれらの方々は大手の仲介会社を見限って退職された方が多いです。
大手の仲介会社は高いインセンティブ(有価証券報告書をみると、日本最高峰の平均年収となっている)と、厳しい実力主義(有価証券報告書をみると、従業員の平均在籍期間は数年と他業種と比べ圧倒的に短い)で業績を積み上げています。このような文化の会社で働くと、とにかく案件をマッチングさせて結果を出して生き残る、高いインセンティブをもらう、といった強い誘因が当然に働きます。そして、それを仲介取引でやってしまうと、「構造的な問題点」がどうしても顕在化してしまう可能性が高くなるでしょう。働いている社員は当然、良い待遇を求めますので。

会社が成長するためには実力のある従業員が必要で、そのような従業員を獲得・定着させるためには、高いインセンティブや実力主義的な制度が必要である、という考え方も理解できます。そうであるならば、やはり少なくとも利益相反取引である仲介取引に一定の規制を入れることで「構造的な問題点」が極力発生しない仕組みを作る必要があるのではないか、と考えます。

もう一つ、仲介や代理人型のフィナンシャルアドバイザーを問わず、成功報酬の算出方法にも大きな論点があります。これはまた次号で説明したいと思います。

(*1)中小企業庁 「中小M&Aガイドライン ―第三者への円滑な事業引継ぎに向けて―」
(*2)衆議院議員 河野太郎公式サイト 「中小企業のM&A」

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「中小M&Aガイドライン」を読んで(中小企業庁 令和2年3月公表)

この記事の執筆者

この記事の執筆者
公認会計士 門澤 慎

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