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昨今のM&A業界の問題~経営者保証について考える③~

2025.01.16コラム

2回にわたり「昨今のM&A業界の問題~経営者保証について考える」と題して、昨今、社会問題化したM&A業界の問題についてお伝えしてきました。本号では、このタイトルの最終号として、①現金の吸い上げは悪いことなのか、②経営者保証の未解除はなぜ起こるのか、について考えていきたいと思います。

まず①現金の吸い上げですが、買い手企業が買収した会社の現金を吸い上げてグループ経営の観点で管理すること自体はよくある話です。連結グループ経営の一環として、グループ内の資金を効果的かつ効率的に使うため、親会社やHD会社の銀行口座に資金を一括で集め、そこから各グループ会社に必要な資金を補充するという管理方法は多くの企業でも採用されております。この管理方法はキャッシュ・マネジメントシステムとも言われます。現金を一括管理することで余剰資金を抱えることなく必要なお金を投資に回すことができるとともに、資金を効率的に融通することで連結グループ全体の借入金を圧縮することが可能となるので、金利削減にもなります。このように子会社のお金を親会社に吸い上げ、その上でその資金を連結グループ全体の効果的かつ効率的な経営に活用する手法は非常に合理益な管理手法だと言えるため、それ自体が悪いものではありません。

次に②経営者保証の未解除はなぜ起こるのでしょうか。前々号でも記載しましたが、M&Aのプロセスでは、株式譲渡契約書の交渉の中で経営者保証の交渉を行うことが多いです。株式譲渡契約書の中で、売却後も売り手に保証の責任が及ばないように、例えば以下のような文言を入れます。

第●条 (個人保証の解除)
買主は、クロージング後速やかに、売主らが対象会社の債務に対する保証を差し入れている契約(株式会社●●銀行との●●年●月●日付金銭消費貸借契約証書及び株式会社●●銀行との●●年●月●日付金銭消費貸借契約証書(固定・変動金利用)を含むがこれに限らない)につき、それらの個人保証のすべて(以下「本保証債務」という)を解除させるものとし、かかる解除が完了するまでに売主らが本保証債務の履行請求を受けた場合には、当該履行請求に関して売主らが負担した全ての費用及び損害について、買主が補償し、売主らが損害を被らないようにする。

このように株式譲渡契約書に上記の内容の文言を入れることで、経営者保証を解除する義務を買い手に負わせ、またもし何らかの理由で解除されず売主に損害が発生した場合は買い手に補償してもらいます。こうすることで、経営者保証の解除が必要なことを買い手に対して強く認識させ、経営者保証の早期の解除を促します。また仮に解除されなかったことで売主に損害が発生した場合は、その損害を買い手に賠償させることで、売主のリスクを担保します。

通常はこのように進められるため売主のリスクは限定的になるはずです。しかし以下の場合は、売主にリスクが残った状態になります。

① 経営者保証の解除が株式譲渡契約書に明記されていない場合
② 経営者保証の解除が「努力義務」になっている場合
③ 経営者保証の解除が履行されなかったことで買い手に損害を請求したが、買い手にその資力がない場合

①と②は株式譲渡契約書の問題です。一般的な弁護士であれば、株式譲渡契約書の交渉の中で①や②で契約を締結してしまうと売主に相応のリスクが残ったままとなるため、何とかして経営者保証の解除を義務にする交渉を行うはずです(特に①の場合)。しかし弁護士からの助言がないケースや、そもそも売主側で弁護士を起用していない場合は、①や②の状況が発生する可能性が出ます。この点、よく散見されるケースとして、買い手には弁護士がついているものの売主には弁護士がおらず、仲介会社が売主に代わって契約書交渉を行っているケースです。これは売り手にとって非常に危険な構図です。買い手の弁護士は買い手に起用されているため、買い手のために助言する立場です。そして仲介会社は売り手だけではなく買い手からも報酬を受領するため、一般的に利益相反が起きていると言われています。このような状況で株式譲渡契約書の交渉をしても、売主の立場に立ったアドバイスが行われる可能性が低くなることは否めないでしょう。そのため、多少コストはかかりますが、売主もしっかりとした弁護士を起用して、株式譲渡契約書の交渉をする必要があります。

③は買い手の資力の問題なので、なかなか見極めるのは難しいかもしれません。しかし、通常、買い手を探す際にはM&Aアドバイザーがロングリストなりショートリストを作成して、買い手候補を出してくるはずです。その際にM&Aアドバイザーに買い手候補の現預金残高なり信用調査(帝国データバンクや東京商工リサーチ等で)を調べさせるなり、いざDDに入る前に買い手の財務状況を直接ヒアリング等で確認するなりして、リスクを低減させる必要があります。

今回の問題は、買い手が会社を買収後、売り手には多額の借入金が残っているにも関わらず日々の資金繰りにも困るほどの資金を吸い上げて、売り手企業を倒産させた上で、その借入金を経営者保証未解除の売主に負担させたことが問題となっています。またこの買い手は複数の会社でこれらのことを行っていたようです。つまり(推測ではあるものの)本来であれば効果的かつ効率的な管理手法であるキャッシュ・マネジメントシステムをただ単に親会社に資金を集めるためだけに使い現金を吸い上げ、売主が気付かないことをいいことに株式譲渡契約書の中で①や②の内容にして売主にリスクを残したまま半ば意図的に資金ショートさせたのでしょう。

このようなことが起こらないためにも、(M&Aアドバイザーが何といおうとも)売主としてもしっかりと弁護士を起用することが肝要でしょう。そして悪質な買い手を可能な限り排除することや経営者保証の問題を含め真摯に売主に向き合うM&Aアドバイザーを起用する必要があると考えます。

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公認会計士 門澤 慎

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