
昨今のM&Aマーケットでは事業承継案件だけではなく、上場会社を対象としたM&Aも活況です。具体的には、東証等、取引所に上場している上場会社が上場を廃止して非公開化するといったM&Aです。これは、金融庁と東京証券取引所が策定した「コーポレートガバナンス・コード(上場会社の企業統治のあり方を示す「主要な原則」をまとめたもの)」で親子上場の解消が求められたこと、そして東証グロース市場で上場5年経過後の企業に時価総額100億円以上が求められるようになったことが背景としてあります。親会社の意向を尊重しすぎて少数株主保護の利益を損ねているのではないかという少数株主保護の観点、成長できない企業は上場する意味がないのではないかという観点で、このようなルールが適用されました。こうなると上場会社は大変です。親子上場をしている企業グループは可能な限り上場子会社を(上場廃止して)完全子会社にしなくてはなりません。また、なかなか成長できない上場会社や成長の時間軸を長く考えている上場会社は非上場会社になることも選択肢に入れなくてはなりません。こうして、非公開化を選択する上場会社が増えているのです。
一般のM&Aは買い手と売り手がいて、そこにFAや仲介会社が入ります。FAであれば買い手と売り手にそれぞれ就いて交渉をします。仲介会社は仲介がメインなので買い手と売り手のマッチングをします。そのため1社か2社がM&Aアドバイザーとして関与することになるでしょう。みなさんもM&Aであれば普通はそうだろう、と思うはずです。しかし上場会社の非公開化を伴うM&AではさらにFAが増え、最大で3社のM&Aアドバイザーは関与することになります(非公開化を伴うM&Aでは、利益相反性のある仲介会社は登場しない)。それでは、追加の1社はどの立ち位置でM&Aのアドバイスをするのでしょうか。
結論から言うと、「少数株主」の立場でM&Aに関するアドバイスをするアドバイザーが加わることになります。上場会社が非公開化されるプロセスでTOB(特定の企業を買収するために、その企業の株を不特定多数の株主から短期間で集中的に買い付ける「株式公開買付け」)となりますが、その条件は、買い手、つまり親会社である上場会社や非公開化後に過半数を持つ法人や個人と、非公開化される上場会社で決まります。その際、この交渉には不特定多数の少数株主(いわゆる一般の個人株主)は当然入っていませんので、少数株主はその価格が高いのか安いのかさっぱりません(一応プレスリリースで情報は開示されますが)。またそのプロセス自体が少数株主にとってリスクでもあります。例えば、当然買い手は極力、安い株価で買収をしたいと思っている中で、売り手である上場会社が子会社であれば親会社に忖度をして安い株価で交渉を進めてしまう可能性があります。また親子上場でなくても、非公開化後の新たな株主がその会社の社長(経営陣)である場合は、なおさら安く交渉を進めるように誘導するかもしれません。そうなると何も知らない少数株主はたまったものではありません。
そのためこのような利益相反性の強い交渉環境を是正するため、2019年6月28日に、経済産業省より「公正なM&Aの在り方に関する指針」(以下「本指針」という。)が公表され、MBO及び支配株主による従属会社の買収(以下「対象取引」という。)等の公正性を担保するために推奨される手続が示されました。その中で、少数株主の利益を保護するために、売り手である上場会社が、別途、社外取締役を中心とした特別委員会を組成し、「プロセスの公正性」と「価格の妥当性」の観点で、少数株主の利益がしっかりと守られているかどうかをチェックする実務が示されました。しかし社外取締役は必ずしもM&Aの専門家ではないので、しっかりとチェックできず特別委員会が形骸化してしまう可能性もあります。そこで、特別委員会が特別委員会のためのアドバイザーを起用し、そのアドバイザーの専門性を活用しながら少数株主の利益をチェックする実務が広がってきました。これが第3のM&Aアドバイザーの正体です。
今度、ますます、親子上場の解消や時価総額基準の厳格化による非公開化が増えてくるでしょう。その際は第3のアドバイザーの存在も意識しながらプレスリリースを読んでみるのも面白いかもしれません。
この記事の執筆者
- 公認会計士 門澤 慎