インカムアプローチ、マーケットアプローチ、そして「コストアプローチ」
会社の価値の算定方法として、これまでこのコラムでは、継続企業を前提とした価値評価としてインカムアプローチとマーケットアプローチを中心に解説をしてきました。一方で、純資産を基準とするコストアプローチによる価値評価の考え方も実務上に根強く残っており、しばしば純資産をもって会社の価値の議論がなされている場面も散見されます。そのため、ここで改めてコストアプロ―チの考え方を整理した上で、どのような場面で使うことができるのか考えてみたいと思います。
参考:会社の価値の考え方
会社の価値の考え方
会社の価値の考え方②(DCF法と類似会社比較法の関係)
コストアプローチとしての評価方法は「純資産法」
簿価純資産法:簡単で客観性に優れているが、会社の本当の価値は評価出来ない
コストアプローチの価値評価方法として「純資産法」を挙げることができます。純資産法は文字通り貸借対照表の純資産に着目した評価方法であるため、財務諸表さえ入手すれば比較的容易に確認できます。しかし貸借対照表に記載される純資産は会社の簿価ベースでの純資産であるため、その会社の価値を表しているかというと通常は一致することがありません。そのため貸借対照表に記載されている純資産を用いた「簿価純資産法」で評価する方法は、情報取得の簡便性、客観性には優れていますが、必ずしも会社の価値を表す数値ではないため、設立当初の会社で資産に含み損益が発生していない会社等、極めて限定的な場面での活用が想定されます。
時価純資産法:資産・負債を時価に評価替えする
一方で、純資産法には「時価純資産法」と呼ばれる方法もあります。文字通り会社の資産・負債を時価に置き換えた時価純資産で評価する方法です。ここで時価純資産法の適用にあたっては、全ての資産及び負債を時価評価することが困難であることから、土地や有価証券など重要な含み損益が発生している項目に限定して評価替えをする場合が多く、このような場合は修正簿価純資産法と呼ばれることもあります。また会社の清算価値(直ちに清算した場合の会社の価値)を出す場合には、資産・負債を時価に評価替えした上で、清算コストを織り込んだ清算処分時価純資産法と呼ばれる方法もあります(ただし実務上はこれら方法も時価純資産法で一括りにしている場面の方が多いかと思われます)。これら時価純資産法は会社の資産・負債を一定程度、時価に評価替えされているので、会社の価値を検討する上では簿価純資産法よりも優れていると言われています。
時価純資産法の選択が妥当する4パターン
継続企業における企業価値評価は、企業が将来生み出すキャッシュフローに依存して決まるため、インカムアプローチにおけるDCF法やマーケットアプローチにおける類似会社比較法が原則として使われる一方で、時価純資産法は実態としての資産および負債の価値を基礎とする点で客観性に優れているため、DCF法や類似会社比較法による価値評価結果の参考として使われるケースがあります。また以下の状況の会社の場合は、継続企業を前提とした価値評価にそぐわないので、時価純資産法が主要な価値評価方法となり得ると考えられます。
- 企業が清算手続中である場合、又は清算を予定している場合
- 企業経営が順調でなく、利益が少ないか、又は赤字体質である場合
- 過去に蓄積された利益に比し、現在または将来の見込利益が少ない場合
- 資産の大部分が不動産であり、かつ、清算が容易に行えるような場合等
まとめ:会社の状況によって適切な価値評価方法を選択
継続企業においてはDCF法や類似会社比較法が原則的な評価方法となりますが、上記の状況のような会社ではコストアプロ―チの時価純資産法が原則的な評価方法となります。また時価純資産法は客観性に優れているため、他の評価方法における参考情報として使われることもあります。このように状況によっては会社の評価方法として時価純資産法も検討する必要があるため、会社の状況をよく分析した上で適切な評価方法を選択する必要があります。
この記事の執筆者
- この記事の執筆者
- 公認会計士 門澤 慎