昨今、M&A業界を騒がしている問題として、「経営者保証」があります。M&Aの譲渡契約で約束された売り手オーナー(もしくは社長)の経営者保証の解除がM&A後も果たされないという問題です。これは非常に憂慮すべき問題です。端的に、会社を売却し経営にまったく関与しなくなっても、その会社の借入金を個人で保証し続けている状態が続いているということで、売り手にとって不安でしかありません。
経営者保証とは、会社の借入金を経営者個人でも保証することです。上場企業では見られませんが、中小企業ではよくある話です。しかしこの経営者保証についてここ数年で状況が少し変わってきています。2013年1月に、金融庁と中小企業庁が有識者との意見交換の場として「中小企業における個人保証等のあり方研究会」を創設したのが発端となり、金融庁・中小企業庁関与のもと日本商工会議所と全国銀行協会が共同で「経営者保証に関するガイドライン」を公表しました。このガイドラインでは、透明性の高い経営が確保されている場合には、経営者保証なしで融資を受けられるような指針が示されています。さらには2019年には、事業承継時に焦点を当てた「経営者保証に関するガイドラインの特則」が公表されました。特則では、前経営者と後継者の双方からの二重の保証を原則的に禁止するなど、方針がより明確化されました。
また2020年4月からは、経営者保証を不要とする新たな信用保証制度である、事業承継特別保証制度も開始されました。この制度は、経営者保証を解除することを前提に、金融機関にとって使いやすい新たな信用保証制度(=経営者保証解除に伴う金融機関のリスクを分担)です。企業が一定の要件を満たした場合は、経営者保証が不要となり、また経営者保証ありの既存の借入金についても借換により経営者保証を不要にすることが可能となります。
このように経営者保証についても徐々に整備されてきています。一方、現時点で中小企業の借入金の大半はこれらガイドライン等が整備される前のものであること、堅実な経営をされている中小企業では問題なく借入金の約定返済が行われているため、わざわざ通常業務で忙しい中でエネルギーを使って経営者保証を外す交渉をしていないことなどから、依然として経営者保証がある中小企業が多いと思われます。そしてそれらの中小企業が事業承継のためにM&Aを選択した場合、経営者保証がある状況で買い手とM&Aの交渉をすることになります。
M&Aのプロセスでは、株式譲渡契約書の交渉の中で経営者保証の交渉を行うことが多いです。株式譲渡契約書の中で、売却後も売り手に保証の責任が及ばないように、例えば以下のような文言を入れます。
第●条 (個人保証の解除)
買主は、クロージング後速やかに、売主らが対象会社の債務に対する保証を差し入れている契約(株式会社●●銀行との●●年●月●日付金銭消費貸借契約証書及び株式会社●●銀行との●●年●月●日付金銭消費貸借契約証書(固定・変動金利用)を含むがこれに限らない)につき、それらの個人保証のすべて(以下「本保証債務」という)を解除させるものとし、かかる解除が完了するまでに売主らが本保証債務の履行請求を受けた場合には、当該履行請求に関して売主らが負担した全ての費用及び損害について、買主が補償し、売主らが損害を被らないようにする。
株式譲渡契約書にこのような内容の文言を入れることで、経営者保証を解除する義務を買い手に負ってもらい、またもし何らかの理由で解除されず売主に損害が発生した場合は買い手に補償してもらいます。そしてこの交渉はM&Aアドバイザーは弁護士と協同して行います。加えて、仮に売却後も経営者保証の解除に時間がかかっていると売主から相談があった場合は、M&A業務終了後とはいえM&Aアドバイザーが買い手にその状況を確認し、経営者保証を解除するように促します。
通常はこのように進めていくため、昨今騒がれるような大きな問題となってこなかった「経営者保証」ですが、なぜこれほどの問題にまで発展したのでしょうか。次号も、報道されている事件や中小企業庁の対応にも触れながら、引き続き経営者保証について考えていきたいと思います。
この記事の執筆者
- この記事の執筆者
- 公認会計士 門澤 慎