本号でも、前稿に引き続き経営者保証の問題を考えていきたいと思います。前号では経営者保証に関する一般的な解説をした上で、株式譲渡契約書等で経営者保証への通常の対応について解説しました。また昨今、経営者保証に関するトラブルがM&A業界を騒がせている点も指摘しました。そこで本号では、具体的に報じられているトラブルの内容を紹介し、どこに問題があったのかについて見ていきたいと思います。
この事件が世の中で広く認知されたきっかけは、朝日新聞デジタルの連載「M&A仲介の罠」でした。ここで報じられた会社を仮にA社とします(ネット検索で社名はすぐ出てきます)。A社は幅広い事業を取り扱っている非上場会社であり、報道によれば2021年ころから30社のM&Aを実施しています。しかし2024年中旬までに、買収した会社のうち10社程度が倒産し、5社が営業停止に追い込まれてしまったとのことです。またA社に売却した経営者Xも、会社を売却し自身の手から離れたにも関わらず、売却した会社の債務の返済のため大変な境遇に追い込まれています。このような事実が、朝日新聞デジタルの連載「M&A仲介の罠」の報道で明るみになりました。それではなぜこのようなことが起きたのでしょうか。
この問題は、以下の2点が大きなポイントとなります。
①現金の吸い上げ
②経営者保証の未解除
本報道により、買収後にA社が買収された会社から現金を吸い上げている事実が確認されています。買収された会社は、A社に数千万単位で短期間のうちに何度も現金を吸い上げられたため、取引先や社員への給与の支払い、税金の支払いや借入金の返済に窮することになりました。そして最後は資金繰りが悪化することで倒産に追い込まれています。これが①の問題です。そして②の問題は、①によって買収された会社が資金難に陥り借入金を返済できない状況で、本来なら解除されているはずの経営者保証が解除されていなかったことで、会社を売却した経営者Xがその債務を個人で返済すべき状況に追い込まれたことです。端的にまとめるとA社は、①で買収した会社を資金的に追い込み、そして②で会社を売却した経営者Xに借入金を押し付けることで追い込む、といったことを行っていました。
この問題が報道されたことで、A社だけではなく、同様のことを行っていたB社やC社など、同様の手口を使っていた会社が次々と明らかになりました。そしてこれらの案件に関与した仲介会社の中には、会社を売却した経営者に訴えられた会社も少なくありません(その中には上場仲介会社も含まれています)。このA社の事例を読むと、直感的に「なんてA社は極悪な会社なんだ」、「これは詐欺だ」とか思われる方は多いと思います。そしておそらくそうなのかもしれません。しかしこの問題の本質を検討する上では、どこが問題なのか、この事例の闇はどこにあるのか、もう少し考える必要があると思います。具体的には、①の現金の吸い上げは悪いことなのか、②の経営者保証の未解除はなぜ起こるのか、という点です。
買い手企業が買収した会社の現金を吸い上げてグループ経営の観点で管理すること自体は、よくある話です。また経営者保証の解除は前号でも解説したように一般的な譲渡契約書で担保されています。それぞれは特段目新しい論点ではないにも関わらず、大きな社会問題になってしまっているのがこの事例です。次号では、この点をもう少し掘り下げていきたいと思います。
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この記事の執筆者
- この記事の執筆者
- 公認会計士 門澤 慎