監査意見だけではなく、監査プロセスに関する情報を監査報告書に記載することで、監査報告書の情報価値を高めることを目的とするKAM(監査上の主要な検討事項)が、日本でも導入されることが決まりました。
KAMの導入の目的は、監査報告書の情報価値向上
この制度により、投資家にとってはより有用な情報が提供されることが期待される(というか、従前までの監査報告書は、紋切り型の文言のみの記載で、情報としての価値は特段なかった)一方で、
企業側や監査人側では、決算における一大検討事項が増えることになるので、現場としては体力的にも精神的にも大きな負担になることと思われます。
この制度の導入で記載される論点としては、会計上の見積り(特に減損)や組織再編、収益認識がメインになると考えられます。
特に大きなM&Aを実施した場合は、のれんの金額も大きくなる可能性があるため、実施した期におけるKAMの重要トピックになるでしょう。
実務では事業上で大きなシナジーがあり企業価値向上のためには実施すべきM&Aであっても、結果として多額ののれんが発生する場合が間々あります。
のれんの記載とM&Aの実行の意思決定
ここで想定される可能性として、事業上では必要なM&Aであったとしてものれんが発生してしまい、それがKAMにも記載されるかもしれないので、M&Aの実施を決断できない、といったケースです。
確かに多額ののれんが発生した場合、減損のリスクや、のれん償却によるPL上の利益インパクトを考えてしまうので、のれん発生をもって躊躇してしまう考えはよく理解できますし、
それがKAMに記載されると投資家からの質問も格段に増えることが想定されるので、より慎重になるでしょう。
適正な企業価値評価やデューディリジェンスの重要性
しかし問題なのは多額ののれんが計上されるのではなく、(将来的にのれんの減損が起こったとしたら)それはしっかりとした企業価値評価やデューディリジェンスを実施せずに高く買ってしまったことによるM&Aのプロセスの問題だと考えます。
M&Aのプロセスをしっかりと実施し対外的にも十分に説明できるような状況下でM&Aを実行した場合は、結果的に多額ののれんが計上されたとしても、企業として中長期的には十分に回収可能で企業価値を向上させることができると対外的にも説明ができるはずです。
そして例えそれがKAMに記載されたとしても特段の問題はなく、むしろ(M&A実施を決断できなかったことによる)企業価値を向上させるチャンスを逸したことのほうが問題のようにも考えられます。
適正なM&Aプロセス実施の必要性
昨今のM&Aニーズの増加により、様々なバックグラウンドを持った方々がM&A業界に参入してきています。
それはそれで業界の発展に資することなので歓迎すべきですが、一部、会社の売買を不動産の売買等と同じ考え方で(企業価値評価やデューディリジェンスを省いたプロセスを提案する)方々も散見されます。
今回のKAM導入を契機に、M&Aプロセスの見直しにつながり、専門家をしっかりと活用したM&Aプロセスが浸透すればと思います。
- この記事の執筆者
- 公認会計士 門澤 慎