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『取引相場のない株式の評価に関する有識者会議』の資料を読んで -評価方式の抜本的見直しと親族内事業承継への影響-

2026.10.09コラム

取引相場のない株式(非上場株式)の税務上の評価方法について、極めて大きな転換点となる議論が進められています。国税庁は「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」を開催し、従来の評価体系や評価方式を根本から見直す案を提示しました。その背景には、会計検査院による指摘(規模の大きな企業ほど類似業種比準方式等により評価額が相対的に低く抑えられ、規模間での公平性が損なわれている点)や、会社規模・利益等の恣意的な操作による各種租税回避スキームの抑制といった強い課題意識が存在します。

これに対し、経済産業省・中小企業庁からは「企業の成長や事業承継を阻害することがないよう慎重な検討が必要である」との意見が提出されており、議論は大きな波紋を広げています。
本コラムでは、国税庁が提示した見直し案の骨子と中小企業庁側の反論を整理した上で、実務家としての視点から今後の事業承継への影響と課題について考察します。 

  1. 国税庁案の骨子:残余利益方式(簿価純資産ベース)への一本化と租税回避の封鎖
  2. 国税庁が示した見直し案の最大の目玉は、従来の「大会社・中会社・小会社」という規模別区分や「類似業種比準方式」を廃止し、原則として規模によらず単一の評価方式へ移行するという点です。具体的には、継続企業を前提とした「残余利益方式(簿価純資産ベース)」を主軸として採用する方向性が示されました。
    残余利益方式とは、①直前期末の簿価純資産と、②将来の超過収益(残余利益)の現在価値を合算して株式価値を算出する手法です。税務上の簡便性や客観性を担保するため、法人税申告書(別表四・五)の数値を用い、過去5年間の正常利益の実績値に基づき将来5年分の残余利益を加算する計算モデルが検討されています。
    この見直しによって目指されている主な着眼点は以下の通りです。

    ◆評価体系の平準化と類似業種比準方式の廃止
    理論的根拠や実証的裏付けに乏しいとされた類似業種比準方式を廃止し、大規模企業と小規模企業の相対的不公平を解消

    ◆租税回避スキームの封鎖
    会社規模の操作による評価額圧縮への対応(単一方式化)。オペレーティング・リースや過大な役員報酬・一時的な役員退職金を用いた利益圧縮への対応(非経常的な損益を除外した「正常利益」での評価)。グループ法人税制を活用した資産移転スキームへの対応(完全支配関係にあるグループ法人はグループ全体で評価)。株主構成操作による配当還元方式の濫用防止(対象株主の明確な再整理)。

    ◆特定の評価会社の再定義
    資産管理会社(特定の資産保有割合による判定を時価ではなく簿価ベースへ簡素化)、組織再編直後の会社、開業後5年未満の会社、休業・清算中の会社などについては、残余利益方式によらず「純資産価額方式」等を適用する区分として整理します。

  3. 中小企業庁の反論:事業承継と企業成長への深刻な懸念
  4. これに対し、中小企業庁は「『取引相場のない株式の評価』見直しに係る意見」を提出し、拙速な制度変更に対して強い危機感を表明しています。中小企業庁の主張のポイントは主に以下の2点に集約されます。

    ◆後継者の納税負担増と事業承継計画の破綻
    非上場株式は容易に換金できない資産であるにもかかわらず、評価額が急激に跳ね上がれば、後継者個人に莫大な現金納税負担が発生します。計画的に事業承継を進めてきた企業において、納税資金確保のために事業用資産や株式を第三者へ売却せざるを得なくなったり、最悪の場合は廃業に追い込まれたりするリスクが懸念されています。

    ◆国の経済政策・成長戦略との逆行
    「稼ぐ力」の強化や賃上げを推進する政府方針の下で、収益力の高まりがそのまま承継時の税負担増に直結する仕組みとなれば、経営者の投資マインドや成長意欲を削ぐ結果となりかねません。また、租税回避への対処についても、まずは現行制度の枠組み内で対応可能な施策を検討すべきであり、抜本的変更には丁寧な検証が必要であると指摘しています。

  5. 考察:過度な節税封鎖への賛同と、使いやすいパッケージ策の必要性
  6. 私自身、公認会計士・実務家の立場として今回の議論を捉えた場合、国税庁が掲げる「過度な節税スキームの封鎖」という基本的な考え方には賛同いたします。一部の行き過ぎた評価圧縮スキームや利益操作が横行し、本来の企業価値と納税額が乖離する状況は、課税の公平性を著しく損なうものであり、是正されるべきです。
    しかしその一方で、相続税や贈与税の過度な負担が引き金となり、健全な優良企業までもが親族内事業承継を諦めざるを得なくなるような事態が生じることは、日本経済全体の観点から極めて大きな問題であると考えます。

    そのためには株式の評価方法単体で完結させるのではなく、現行の「事業承継税制」も含めた、より現実的で使いやすい補完パッケージが不可欠ではないでしょうか。現行の事業承継税制(特例措置)は納税猶予の強力な枠組みを提供する一方で、継続要件の厳格さや将来の取消リスク、事務負担の重さなどから、中小企業現場において万全な選択肢とは言い切れない現状があります。もし国税庁案のように残余利益方式への移行によって株価評価のベースが引き上がるのであれば、事業承継税制の恒久化及び手続きの抜本的な簡素化や、残余利益方式の計算過において非上場株式の流動性欠如や所有と経営の一致といった中小企業固有のリスクを考慮する等の、総合的な政策パッケージが同時に議論されるべきだと考えます。

    制度の公平性を担保しつつも、地域経済を支える優良企業がスムーズに次世代へバトンを渡せるよう、省庁の垣根を越えたバランスの良い制度設計が望まれます。弊社としても、今後の税制改正の動向を注視し、クライアント企業の持続的な成長と円滑な事業承継を支援できるように活動していきます。

     

この記事の執筆者

公認会計士 門澤 慎

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