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『経済産業省 スタートアップM&Aガイダンス -スタートアップ・エコシステムの成長・発展並びに新産業の創出に向けて-』を読んで

2026.06.05コラム

現在の日本におけるスタートアップ・エコシステムは、大きな転換期を迎えています。政府が「スタートアップ育成5か年計画」を掲げ、制度面の整備や資金供給の拡大を強力に推し進めている一方で、出口戦略(EXIT)における「歪み」はいまだ解消されていません。諸外国、特に米英ではスタートアップの出口の9割以上をM&Aが占めるのに対し、日本国内ではIPOが約40%という極めて高い比率を占めています。実際の意識調査でも、経営者の80.2%が将来の成長手段としてIPOを想定しているのに対し、M&Aを視野に入れている経営者はわずか5.3%に留まるという、圧倒的な「IPO偏重」の現実があります。

この背景には、「上場=起業家の成功」という単線的な社会的認知や心理的ハードルがあると思われます。しかし現実には、東証グロース市場へ上場したものの、その後に高い成長を実現できず時価総額が低迷(中央値は55億円)する、いわゆる「小規模上場(スモールIPO)」の滞留が大きな課題となっています。上場後に流動性が著しく低下した銘柄は機関投資家の投資対象から外れ、結果として上場後に必要な成長資金をタイムリーに調達できないという、本末転倒の機会損失が生じているという現実もあります。そこで、この状況に変化を起こし、持続可能な事業成長のための選択肢を広げるべく、経済産業省が各業界の有識者への徹底的なヒアリングをもとに体系化したのが、2026年5月に経済産業省が公開した「スタートアップM&Aガイダンス(以下、「本報告書」)」です。

本報告書が提示する最も重要なメッセージの一つに、経営の比較的早期段階からIPOとM&Aの双方を選択肢として維持し続ける「デュアルトラック経営」の実践があります。M&Aのオファーが来てから場当たり的に対応しようとしても、過去の資金調達で積み上がった資本政策やガバナンスの構造(デッドロック)が原因で、適時・適切なディールが破談になるケースが多発しているためです。そこで以下の4点を意識した経営が重要になると記載されています。 

  1. 資本政策: 足元の資金需要だけでなく、将来の買い手の予算感から逆算してバリュエーションや調達手段(デットの活用等)を中長期視点で設計する。
  2. ガバナンス: 単独の株主に安易に拒否権(事前承認事項)を与えず、取締役会による意思決定を中心とする「ガバナンスの成熟化」を企業のステージに応じて図る。
  3. 事業戦略: 買い手企業が企業価値を算定する基準となる「売上・利益(キャッシュフロー創出力)」といった基本的な財務指標を早期から意識する。
  4. 人材: M&Aの実務を動かせる適切なCFOの確保や、弁護士・FA(財務アドバイザー)等の外部専門家との早期の連携体制を構築する。

また、個人的に考えていたスタートアップM&Aが難しいとされる論点の中で、本報告書に記載されている内容として、バリュエーションと投資条項があります。スタートアップの株式は流動性のないクローズドな環境で取引されるため、ベンチャーキャピタル(VC)等からの資金調達時には将来の莫大なアップサイドや成長ストーリーを織り込んだ「高い将来性」に基づいてバリュエーションが形成されます。これに対し、買い手となる伝統的な日本の事業会社は、足元の確実な財務数値(売上・利益)をベースに、保守的な将来キャッシュフロー(DCF法)や類似企業比較(マルチプル)という一般的な株式価値評価手法を用いて評価を実施する会社が多いと思われます。この点、事業計画に一定程度の蓋然性が認められれば、高い将来性を見込んだDCF法を実施することも可能ですが、当然ながら将来を見通すことは困難であるため、そのリスクを織り込んだ高い割引率(ベンチャーキャピタルレート)で割り引かざるを得ず、VC等の既存出資者が期待するバリュエーションと買い手が考えるバリュエーションに乖離が生じてしまいます。さらに、日本企業の多くは売上2〜4億円程度で成長が鈍化し、手元資金がショートする間際の「苦境に陥ってから」慌ててM&Aを検討するケースも散見されます。そうなると、買い手から見ればさらに価格を叩かざるを得ないという悪循環を招いています。

もう一つの投資契約では、特に投資株主に投資元本と利益が優先的に分配される「参加型優先株式」や、古い投資家が損をする「スタック構造(C種>B種>A種のような分配優先順位)」といった投資条項があります。買収価格が想定より低かった場合は、これらの条項があることで、経営株主が経済的な理由によりM&Aに賛同できなかったり、古い投資家の反対にあうことで、株主の意思を統一することができなかったりするため、M&Aが不成立となる事例も散見されます。これらの論点を解消するためにも、本報告書に記載されている内容をスタートアップ企業の経営者が事前にしっかりと理解しておくことは有用であると考えます。

最後に、本報告書でも参考としての記載がありましたが、個人的にその必要性を強く感じている論点として、セカンダリー市場の整備があります。例えば、ディープテックやB to Cなどの領域において、プロダクトが市場に適合し、持続的なキャッシュフローを創出するエコシステムを確立するには、10年を超える歳月を要することは珍しくありません。しかし、一般的なVCファンドの運用期間(償還期限)は10年(延長を含めても12年程度)と一律に区切られています。ファンドの満期が迫ったVCは、LP(出資者)への説明責任とキャッシュでのリターン回収を急ぐ受託者責任を負うため、スタートアップの経営陣に対し(事業の成熟度には目をつぶり)「早期にIPOが前提の戦略」への軌道修正を提案することもあるでしょう。その結果、十分に事業を作り上げる前に上場することでその後の成長が鈍化してしまうことで、上場後のダウントレンドを生み出していることは否めません。
この問題を解消するためにも「セカンダリー市場(未上場株式の二次流通環境)」の整備が必要だと考えます。日本が成長力を取り戻すためにはスタートアップ市場の活性化が必須です。従前のIPO一択主義からM&Aも見据えた「デュアルトラック経営」を意識し、エグジットの機会を多様化させるといったエコシステムを進化させることで、スタートアップのM&A市場はもっと盛り上がっていくはずです。弊社もFAとしてスタートアップM&A市場の活性化に貢献できればと思います。  

この記事の執筆者

公認会計士 門澤 慎

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