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年買法の実態調査と実証分析をしてみました。

2024.04.09コラム

年買法の実態調査と実証分析をしてみました。

 2024年3月25日に、京都大学経営管理大学院より博士号(経営科学)を取得しました。博士論文のテーマにしたものは、非上場企業の株式価値評価です。特にここ10数年、実務で関与している非上場企業のM&A業務の実務の中で広がってきた、「年買法」と呼ばれる評価方法(株式価値=純資産+●●利益×●年、といった式で算出される方法)に焦点を当てています。

 この評価方法は、株式価値の評価方法としては理論的ではないとされスタンダードではないものの、M&A仲介会社を中心として広がった評価方法です。非常に簡便な評価手法であるため使いやすいことが長所であるものの、他の評価手法に比べその理論的根拠が明らかではない点が決定的な短所があります。私自身はM&A実務を行う上でこの年買法は原則、使うことはありませんが、実際に実務で使われていることは事実なので、そうであればこの評価方法を自分なりに理論化してみようと考え、論文のテーマを年買法にしました。

参考:「年買法の倍率は何倍くらいなのか?」(*1)

 
 論文のタイトルは以下となります。

「事業承継における非上場企業の株式価値評価の研究
~日本における年買法の実態調査と実証分析~」

以下では論文の概要を記載します。「こんな内容を書いたのか」、という程度で読んで頂ければと思います。

 論文は第7章まであり、第1章は序論、第7章はまとめで、第2章から第6章が具体的な研究の部分となります。第2章ではわが国及び欧米における事業承継やファミリービジネスの研究をレビューすることで、事業承継の手法に関する研究、特に親族外承継に関する研究、特にその中でも親族外承継における企業価値評価に関する研究が少ないことを確認し、特に本論文が対象とする年買法に関する研究はなされていないことを確認しています。第3章では、わが国の中小企業庁の施策について、先行研究や中小企業庁が公表したガイドラインを引用しつつレビューしています。そしてその中でも年買法についてどのような記載がされているのかについての確認を行っています。
 
 第4章からはいよいよ本論です。まず第4章では年買法に関する理論的な検討を行いました。そしてその中で、年買法とマーケット・アプローチの類似会社比較法におけるEV / EBITマルチプルとの関連性、そしてオールソンモデルとの関連性と類似性について検討を行っています。これら検討により、オールソンモデルが超過収益力についてインカム・アプローチで説明したのに対して、年買法はマーケット・アプローチで説明したものと推定できることを明らかにしました。

 第5章では、中小企業庁が運営する中小M&A支援機関制度に登録するM&A支援機関を対象に、年買法の適用状況に関して、アンケート調査を実施しました。その結果、中小M&Aの現場では年買法が最もよく使われている評価方法であること、営業権を算出する際に使う利益指標については営業利益が最もよく使われていること、利益指標に乗じる倍率は1~3倍が最もよく使われていることを確認しました。そしてこれらの結果について、中小M&A支援機関の形態(FA、仲介)や属性(M&A専業、金融機関、士業)で使用状況に差があるかについても分析を行いました。その結果、M&A専業は金融機関や士業よりも年買法を使っていること、また金融機関は士業よりも年買法を使っていることが推定される一方で、営業利益や1~3倍の使用状況については属性間で差がないことが推定されることを確認しました。また、年買法を使っていない中小M&A支援機関が年買法を使わない理由としては、株式価値評価方法として評価していない、という回答が51.1%と最も多い回答でした。年買法を使っている中小M&A支援機関の、年買法を使う際に適用する倍率の決定方法に関する質問に対する回答で最も多かったものが、76.5%が選択した、会社もしくは担当者の過去の経験に基づいて決める、という回答であることを鑑みると、年買法を使っている中小M&A支援機関も年買法を使っていない中小M&A支援機関も、年買法という評価方法自体を理論的な体系に基づいた株式価値評価方法とは捉えていない可能性が高いということが示唆されます。

 第6章では年買法について客観的なデータを用いて年買倍率に関する実証分析を行うことで、非上場企業で適用されるべき年買倍率に関する年買モデルを提示しました。具体的には、上場企業の財務データ及びマーケットデータを分析対象として、上場企業全体の年買倍率及び東証33業種に分類をした業種別に年買倍率を算出しています。そして次に業種別年買倍率の結果に加え、従業員数、営業利益率及び売上高成長率を説明変数とした重回帰分析を実施し、年買倍率モデルを検討しました。重回帰分析の結果、営業利益率、売上高成長率、業種の中で情報・通信業、サービス業、医薬品、建設業、小売業が有意な結果となったため、これらを変数とした年買倍率モデルを明らかにしました。加えて、非流動性ディスカウントという、非上場企業の株式価値評価を検討する上で、算出された株価から一定程度株価を減価させる手続きである非流動性ディスカウントに関する考え方を明らかにした上で、上場企業のデータで明らかにされた年買倍率モデルに対して非流動性ディスカウントを適用することで、非上場企業における以下の年買倍率モデルを提示しました。

 調査する限りでは、年買法に関する学術論文は本論文がはじめてなので、この点は実務にも貢献し得るものだと感じつつも、年買法自体の理論的な検討や、実証分析の継続性や精緻化でまだまだ課題が残っています。今後のこの点についてさらに研究を進めつつ、その他の論点についても(興味の赴くままに)実務と両立させながら研究を続けていこうと思っています。皆さん、本研究や大学院について関心がある方は是非、ご連絡ください。

参考情報

(*1) 「年買法の倍率は何倍くらいなのか?」

この記事の執筆者

この記事の執筆者
公認会計士 門澤 慎

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