しばしばこのコラムで触れている評価方法で、年買法という評価方法があります。以前のコラムではこのような記載をしました。
中小企業のM&Aでしばしば散見される株式価値評価方法の中に、年買(倍)法という評価方法があります。株式価値の評価方法では理論的ではないとされスタンダードではないものの、仲介会社を中心として広がった評価方法です。
株式価値=純資産+●●利益×●年分
上記の式が一般的なもので、利益には営業利益や経常利益、当期純利益など幅広い利益が使われ、年数も1年から5年と案件によって様々です。私はこの評価方法を批判的に捉えていますが、その大きな理由は●の部分がなにかの根拠に基づいているわけではなく、会社や現場の裁量で大きく変わってしまうからです。M&Aで株式価値評価をする理由は、まずは売却するなり買収するなりの初期的な意思決定をする上でベースとなる金額感をしっかりと把握することです。ベースの金額をしっかりとつかんでおかないと、その後の価格交渉の中で、どこまでが許容範囲でどこからは受け入れられない範囲の価格であるかの定量的な判断が(本当は)できないのです。そのためにはしっかりと理論的に説明できる評価方法を選択すべきで、それがDCF法や類似会社比較法、時価純資産法だと考えます。
参考:中小企業のM&Aでしばしば散見される年買(倍)法について
中小企業のM&Aでしばしば散見される年買(倍)法について
上記で記載したように、年買法の弱点は、何の利益を何倍すればよいか、基準がないことです。これに関して、過去の取引事例をベースに倍率を算出すれば基準ができる、というアイデアも耳にしますが、中小企業(特に事業承継型M&A)の取引事例は、基準がない中で算出された年買法の金額に基づいて取引がされている可能性が高いため、その金額を前提に基準を作っても客観的な指標とは言えないでしょう。
この点、もし客観的な基準を検討するとした場合、上場会社の株価と財務データを用いて倍率を算出することが考えられると思われます。年買法の式を分解するとこうなります。
株式価値=純資産+営業権
営業権=利益指標×年買倍率
まず公表情報から上場会社の時価総額と純資産のデータを入手し、上場会社の営業権を算出します。
営業権=上場会社の時価総額―純資産
そして次に利益指標を決めて年買倍率を算出します。利益指標は企業の営業活動の成否を表す指標としては営業利益がわかりやすいので、ここでは営業利益にします。
年買倍率=営業権÷営業利益
上記の式により、営業利益を利益指標とした年買倍率が算出されます。
試しに、全上場会社を対象にして算出したところ(営業赤字の企業は除く)、中央値で4~5倍となりました。上場企業でその程度の倍率なので、非上場企業に置き換えるともう少し低くなるでしょう(3~4倍程度か)。ただこの倍率はあくまで個社の影響を反映していないため(業種や収益力等)、しっかりと検討する場合は、一律に適用することはできません。また赤字企業にも適用できないと考えます。
本コラムで年買法を理論的に説明できたわけでもなく、あくまで簡単な実証分析による参考値を算出したにすぎませんが、一方で年買法で議論をする際の初期的な参考倍率にはなるかもしれません。ご参考ください。
この記事の執筆者
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- 公認会計士 門澤 慎