前回のコラムでは、「社員の誰にも知られずに会社を売却することができるか⁈」というテーマで、結論として、以下の内容を述べました。
このように、会社を売却するプロセスは、可能な限りオーナー社長一人で進めたいものですが、一方でプロセスを進めるためには(特にDDプロセス)、どうしても(何かしらの)社内の協力が必要になります。そのため売却のプロセスを進める序盤のうちに、社内に売却プロセスを伝えて協力してもらえる人間がいるか、どのような理由なら売却プロセスの話をせずに(不信がられず)協力してもらえるか、顧問税理士はどこまで協力してくれるか(どこまで把握しているか)等を、事前にM&Aアドバイザーと相談しておくことが重要となります。
しかしどうしても協力を得られない場合もあるでしょう。そのような場合、どうすればよいでしょうか。
私が関与した案件でこのような会社がありました。
- 創業社長は数年前にご病気で亡くなってしまう
- 古参従業員を社長や役員とする
- 奥様(現オーナー)が株式を相続し、支配株主となる。実務には関与しない。
- 所有と経営が分離した状態となる
数年はこの体制で会社を経営してきたものの、奥様もご高齢となりご子息も会社を継がないという話になったため、相続のことも考え会社を売却する決断をされ、優良企業であったため買い手候補もすぐ決まりました。そして次にDDのステップに進もうかというタイミングで、DDの協力を得るために社長以下、一部の経営陣に本件を開示したところ、猛反対を受けてしまいました。自分たちは今の会社が大好きでこの体制で働いていきたいのになぜそのようなことをするのか、と。株式の相続等の話をしても中々理解してもらうことができず、オーナーも困り果ててしまいました。この状態で無理にDDを進めたとしても社長以下、従業員の離反リスクが高まりますし、そもそもオーナーは現場に関与していないので、DDの対応をすることも困難です。
こうなっては無理にプロセスを進めても良いことがありません。そのため、オーナーの信頼の厚い顧問税理士とも相談し、まずは顧問税理士に間に入ってもらい、本プロセスを反対している社長の考えや悩み、要望等を丁寧にヒアリングして、その内容をまとめたものを買い手候補先に共有するとともに、買い手候補先と社長との面談も実施し、不安を取り除く作業に時間を使いました。そうすることで少しずつ社長の態度も軟化し、プロセスを再開することができました。
これはあくまで一例ですが、会社で働いている社員は人間なので、様々な感情を持って働いています。そしてその会社に対する忠誠心が高ければ高いほど、会社の変化に対して大きな拒否反応を起こしてしまうことでしょう。このような場合は、当初策定したスケジュールは可能であればいったん白紙(一定期間ペンディング)にして、社員の不安を取り除く作業に注力し、改めてプロセスを再開することが結果として得策なのではと思います。一部の社員の協力を得なければ進められないDDプロセスであればなおさらです。M&Aのプロセスは予期せぬトラブルがつきものです。焦らずじっくりと取り組むことが肝要だと考えます。
この記事の執筆者
- この記事の執筆者
- 公認会計士 門澤 慎